前世療法
前世療法
Cさん 2012年(セッションは2011年 9月)
こんばんは。
ご無沙汰してます。
お元気ですか?
ブログをいつも楽しく読ませてもらっています。
今日はケイトさんに、お礼が言いたくてメールしました。
昨年9月に初めてお会いしてヒプノセラピーをして頂いたときから
かなり私の中では変化が起きまして今までより幸せを感じられる日を過ごせております。
ヒプノセラピーで見た前世の1つのネイティブアメリカンの時に、部族の厳しい掟のため一度白人と結婚して出たら帰ってこれないと
(前世の)実家に言われてずっと帰りたいのに帰れないと悲しく思っていた気持ちが
私の場合まさに、日本の実家に帰りたいとずっと思っていたことだとわかってから、帰ることに執着しなくなりました。
今の家族はいつでも受け入れてくれると確信がもてるからだと思います。
年に3回や、ひどいときには1年の半分を日本で過ごしていた私に、友人は毎回「今度いつ帰るの?」と聞くのですが、
オーストラリア10年目にして初めて次のチケットを取っていなくても恐怖感がないという不思議な現象が起こっています。
きっと普通の方はそうなんでしょうが(笑)
私にしてみるとすごい変化です!
手放すことを手伝っていただきありがとうございました。
そしてシドニーへの引越しも、今回新月のお願いで1月にたくさん書いてみたところ
本当にほとんどぴったりの場所が見つかり驚きました。
まさか値段まで・・と値段を書いていなかったのがオチですが、
1日中日当たりがいい、下がガレージの部屋、隣に子供がいる、学校やバス停に歩いて行けるなど
全てパーフェクトでした。教えて頂きありがとうございます。
タロットも教えて頂きかなり役立っています。
時々タロットで見てほしいと友人がきたりするので、そのときにケイトさんのお話などをするのですが
既に何人かぜひぜひ前世療法をやってみたいと言っております。
どうぞよかったらケアンズに続きシドニーでのセッションもいつか実現させて下さいね。
昨年本当にいろいろと考えさせられることが多く、今の現状が自分に責任があるとわかり
人のせいにすることが少なくなりかなり楽になりました。
すぐの未来をうまくいかせるためには今が大切ですよね。
何か失敗しても気持ちを切り替えるのが早くなり自分でも驚いています。
なんだかじわじわと効果が続いているなと嬉しくなりメールしてしまいました。
本当にありがとうございました。
日本はまだまだ寒いかと思いますが、どうぞお身体にお気をつけ下さいませ。
前世療法
Kさん 女性 2007・8月
誘導で最初に目にしたのは乾いて固まった土の地面と風に巻き 上げられる 細かい砂埃でした。
彼は素足に赤茶色の皮のサンダルを履いており、少し離れたと ころから 町の建物を眺めていました。
麻でできたような貫頭衣のような生成りの服を着て、腰には長 くない 剣を下げていました。
髪は焦げ茶から黒。
少しくせっ毛で短い。
町の建物自体も砂のような色の日干し煉瓦でできているようで した。
歩いている人などは見えません。
次の場面で住んでいる家に行ったときは、中庭に丸い池と噴水 のような水盤のようなものがありました。
そこを囲うように円柱のある渡り廊 下があり、 床などは大理石のようでひんやりした感じがしました。
食事の場面では家族が登場しました。
父母と弟、そして妻。
現世において、その人たちが誰に対応しているかはわかりませ んでした。
お互い相手のことを思っているのにそれを伝えずに寂しい思い をしている ようでした。
どの人物もゆったりとドレープのできる服を着ていましたが、 色味は豊富ではありませんでした。テーブルには果物を持ったものとグラス(ガラスではありませ ん)が あったように思います。
重要な場面に移ったとき、濃紺の暗がりでした。
次第に目が慣 れていくと、 過去世の私と思われる男性が地面に跪いて、握りこぶしを地面に当て 頭を垂れてうなだれていました。
悲しみにうちひしがれている様子でした。悲嘆と後悔と。
そこは妻の墓の前でした。
最初の場面からそう経ってはいません
。男性の年齢は32~33才 くらい。
私の頭の中には「守れなかった」という言葉が何度も繰返され ていましたが、「何か言っていますか?」と質問されても、言いたくないのか 言葉がどうしても出ませんでした。
他の場面では全てが乾いた土の色で、戦場のようでした。
大勢の人物と馬と、タロットの「戦車」のカードに出てくるよ うな形の 乗り物もあったような気がします。
彼はこんなのは嫌だ、早く帰らなくては、と思っているようで した。
お墓の前にいた時点につながる重要な場面では急いで帰宅した 彼が自宅の ドアを息せき切って開け、家に入るところでした。
… 中略
彼はその後は『余生』として何を思うことなく淡々と暮らした ようです。
ひとりの人間(=妻)さえ幸せにすることができなかった、と いう強い後悔の念から自分が幸せになることも放棄したようでした。
学問所のような場所で思想か哲学のようなものを教えていたよ うです。
最期のとき、彼はとても穏やかでした。
ようやく家族の元に行ける安堵感に満ちていたようです。
崩れたレンガの低い塀にもたれかかっており、彼の周りには人 はいませんでした。
小さい濃い緑の葉の赤茶色の樹皮がささくれだっている樹が印 象に残っています。 *
彼は家族を亡くしたことから立ち直ることをやめてしまった のでしょう。
幸せを求めることも拒否したようでした。
自分も誰をも許せなかったみたいです。
思いを伝えることもしなかったので余計に後悔の念が 強かったのだと思います。
戦争の場面では馬(だと思うのですが)も顔に鉄製の 防具をつけていました。
ペルシア戦争とかそういうの?とも思いましたが 定かではありません。



















